2015年8月5日水曜日

開局記念日

1976年8月5日,おやじろーがアマチュア無線局のコールサインをもらった日である。

狭い帯域にたくさんの局がひしめいていた3.5MHz帯(以下80m)と7MHz帯(以下40m)は近所の仲間の間で人気のバンドだった。
アンテナは自作が簡単なダイポールアンテナが一般的だったし,周波数が低い分だけそれなりにエレメント長は必要だったが,なにせど田舎,裏の畑のポチの声が聞こえないくらいに敷地がある家ばかり。
アルバイトで無線機を買った奴,コツコツお年玉をためていた奴,親にせびって買ってもらった奴。
中古・新品。
その辺に転がっている銅線で作ったダイポール。ローディングコイル入りの2バンドタイプ。
それぞれがそれぞれにコールサインが来た日のための準備を進めていた。

おやじろー宅への郵便はいつも10:30頃と15:00頃の2回が配達される時間帯だった。
日々首を長くして(本当は短いけれど)待っていたおやじろーの元に午前の便でついにその郵便が届いた。
すぐに無線機の電源を入れ40mでダイアルを回しCQを出していた香川県の局を呼ぶ。
他に呼んでいる局も少なく,5エリアに対してのコンディションが良かったようで1発でとってもらえた。
従免をもらってから高校のクラブ局コールで練習はしてきたが,やっぱり自分のコールだと嬉しかったね。

同じ日に一緒に開局申請書類を出してきたダチがいた。
おやじろーが1stQSOを終えてそいつのところへ農集電話(誰もしらないだろうなー)を入れると,彼のところの郵便はおやじろー宅からからいくらも離れていないのに午後1回の配達区域なのでまだだという。
しかし彼は,1stQSOは絶対にYL(女性)局,という強い思い入れがあり,14:00頃にコールサインが届いたにもかかわらず80mでひたすらYL局を探しまくり呼びまくり相当の時間がったてからクラブ局のYL(館林女子高だったかな?)とQSOをすることができて大感激であった。

春に閉局を宣言し移動しない局の免許は廃止,無線機は買い取りをしてもらった。
QSLカードもコンテストの賞状もログブックも全部処分をし,
.しかし,
JARLに脱退の連絡が遅れたので向こう1年の会員証が届いてしまった。
移動する局の免許も釣りに呆けている間についつい日を過ごして・・・・(^^;,実はまだ生きている。
でっかいアンテナもタワーに乗ったまま。

蓮の実

おふくろが高田公園の蓮が見たいというので連れていった。
秒速1cmの歩行速度では車を降りてお堀の淵へ行って帰ってくる頃には熱中症で救急車ッて言うことになりかねないので冷房の聞いた日本の車窓から。

眺めながら走っていると,蓮の実が食いたい,と言い出した。
本当はそんなこと行けないのだが老い先短い年寄りのわがまま誰もが許してくれるだろうと取りに車から降りた。

手の届くところにあったのはこんなやつ


まだ若い渋みの残るでも独特の甘みと蓮の香りは間違いなく漂う。

渋いなや,と言いながら懐かしそうに食べているおふくろであった。